企業開示とTSR(Total Share…
政府がリーダーシップを取って進めるコーポレートガバナンス改革が着々と進行しています。直近では今年1月に公布・施行された「企業内容等の開示に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令」を通じて有価証券報告書における開示をより立体的に経営戦略と結び付けて行く方針が決まっています。これらの詳細については、多くの分析やまとめがある事から皆さんも目にしておられると思いますが。ここでは同内閣府令の中で開示が求められている「株主総利回り」、所謂TSR(Total Shareholder Return)について、私達が取組むエンゲージメント・バリューアップの現場からの見方をまとめてみたいと思います。
TSRとは、簡略化して述べれば、一定期間における株価の変動に同期間の配当を加えた、株主としての総合的なリターンを意味します。一般的には株式市場全体の動きにも左右されてしまう株価のみを軸とした評価に対して、企業側の自律的な行動である配当を加味する事で、企業側にとっても株主にとってもよりフェアな評価であると考えられているようです。開示のルールが変わる中、私達の普段の対話においても、関心を持たれる経営者の方が増えておられるように感じます。ガバナンス改革が進みつつある事の証左であり、日本の株式市場にとっても光明であると言えるのではないでしょうか? このような中、私達は経営者の皆様に「TSRを見る上では二つの事に気を付けて頂きたい」とお話ししています。
まず一つ、「過去を見る上では、結果としてのTSRだけでなく、その構成要素をよく吟味し、投資家と対話をして頂きたい」という事です。
平素私達は関与させて頂く企業様に、企業価値を高める努力をしてくださいとお願いし、そのための施策について議論をさせて頂いています。企業価値は理論的に算出できますが、これは市場で取引されている株価と一致するとは限りません。しかし長期的に見れば、株価は企業価値に収斂するはずです。よって株価はやはり企業にとっての通信簿であり体温計であると考えてよいのではないでしょうか。但し、この通信簿である株価と配当(TSR)を市場インデクスとの比較、同業他社との比較だけで語ってしまうと、総合点で優劣をつけるだけの共通テストと同様の弊害を生み出すリスクがあります。TSRは①キャピタルゲイン=利益成長(売上の変化×マージンの変化)×市場マルチプルの変化 と ②インカムゲイン=配当額+自社株買い(これは実は利益成長に入れるべきなのですが今は概念として②に入れています)に分解されます。私達は企業様との対話の中で、絶対的/相対的なTSRの違いが、どこから生まれてきているのかをお話しするように心がけています。TSRを要素分解する事で、企業経営上やり切れた事、やりきれなかった事、その代わりに努力した事、等が見えてきます。売り上げも利益もきちんと伸びているのにマルチプルが伸びていなければひょっとすると市場とのコミュニケーションが足りないのかもしれません。また、同業他社との比較で、マージンだけが劣後しているのならば、同社のオペレーションに何か問題があるのかもしれません。このように、TSRを要素分解する事で株価を軸に経営について事業家と投資家が意見を交わすことが可能になります。逆にTSRその物の比較、乃至は①・②の数字その物の比較であれば「株価が上がらないんだからせめて配当を出してほしい」という交わらない議論で終わってしまう可能性もあります。
二つ目は、「未来を語るにあたっては、上記の構成要素をさらに掘り下げて、経営戦略と併せて語って頂きたい」ということです。
TSRを軸にした議論にリスクがあるとすれば、「株主へのリターンを上げる事ができればどのような策をとってもいい」という議論に陥る要素を含んでいる事であると思います。例えば①の利益成長は、無理なコストカットによって達成する事も可能ですし、市場マルチプルは根拠の無い強気な利益予想で達成できるかもしれません。また、インカムゲインについても本来行うべき投資を犠牲にすれば従来以上の結果を残せる事になります。もちろんこれらの非合理的な経営戦略は長期には企業価値を棄損し、株価にも反映されるでしょうが比較的短期のTSRで見た場合は効果を生む戦術となり得ます。私達がお願いしたいのは、投資~回収~再投資という株式会社のサイクルの中で、EVAを生み続けられる質の高い経営をやって頂きたいという事です。バランスシートも含めた経営計画の結果として①・②それぞれのパラメーターの改善が語られるならばそれは非常に説得力がありますし長期に亘って投資を行いたいと思える対象となり得るのではないでしょうか?換言すれば短期のTSRにとらわれることなく、長期的な株主価値創出の観点からTSRを使って頂きたいという事です。
進みつつある開示の改善に対して、投資家として大いに期待すると共に、企業様にとっては労力の増加が見込まれる変化である事も良く理解できます。せっかくの試みを双方の取組みにより有効に使えるようにしたいものです。私達も、普段のエンゲージメント活動を通じて、そのお手伝いが出来ればと考えています。