PBR問題を読み解く(1)PBRの分解に…

最近セミナーを行った後、各企業のIR担当の方々と個別に面談する機会がありました。そこで気づいたのは、皆さんが疑問に感じているのは、DCF法やWACCといった定義の話ではないということです。そういった知識はすでに十分お持ちです。むしろ、コーポレートファイナンスの根底にある「考え方の原理」が腑に落ちていないために、情報の断片はたくさん持っているのに、それらがつながらず、問題を必要以上に複雑に捉えてしまっているように感じました。

本連載では、そうした「原理の部分」を丁寧に解きほぐしていきたいと思います。

なお、私自身の見解を先にお伝えしておくと、「PBRが1を超えているかどうか」はそれほど本質的な問題ではないと考えています。その理由は回を重ねて説明していきますが、まずは多くの上場企業が頭を悩ませているこの問題の「よく使われる説明が見落としている点」から始めましょう。

PBR = ROE × PER という分解式

第1回として取り上げるのは、以下の分解式です。

これは、PBRの定義式の分子・分母にEPSを掛けることで変形したものです。使うEPSを統一する(今期予想値か直近実績値か)限り、この等号は常に成立します。数学的な恒等式です。

よくある説明が見落としている点

この分解式を使って、次のような説明をしている場面をよく見かけます。

『当社は今、PBRが1を割っていますが、ROEが8%なのに対してPERが12倍という状況です。今後ROEを9%に上昇させれば、PBRが1を越えると考えています。』

一見すると筋が通っているように聞こえます。しかし、見落とされがちな重要な問題があります。

それは、ROEとPERを互いに独立した「つまみ」として扱っている点です。まるで、片方を動かしても、もう片方はそのままでいてくれるかのような前提に立っています。

なぜ「独立した定数」として扱えないのか

ROEとPERはどのように決まるか、改めて整理してみましょう。

ROEは、会社が行動することで変化します。売上を伸ばして利益を増やす、研究開発費を削減してコストを下げる、自社株買いで分母を縮小する――いずれもROEを動かす手段です。

PERは、「株価 ÷ EPS」です。そして株価を決めるのは会社ではなく、市場、すなわち株を売買する投資家たちです。

投資家は今期の利益だけを見ているわけではありません。「この会社は将来どのくらい稼げるか」「どのくらいリスクがあるか」という期待と評価を総合して株価を形成します。つまり株価は、将来にわたるフリーキャッシュフロー(FCF)の予測とそのリスクに基づいています。

ROEを変化させるために会社がとった行動は、その会社の将来FCFやリスクに対する投資家の見方を変える可能性があります。 つまり、ROEを動かせばPERも連動して動きうるのです。

ROEに影響を与える要因はPERにも影響し得る

PBR分解

上図のように、ROEとPERはそれぞれ独立して動くのではなく、企業の行動や市場環境という「共通の要因」によって同時に影響を受けます。これが、2つを独立した変数として扱えない理由です。

ROEを上げればPBRが上がる」は妥当な説明か?

先ほどの説明に戻りましょう。「ROEを8%から9%に上げれば、PBRが1を越せる」という主張は、ROEが変わってもPER12倍のまま変わらないという前提に立っています。

しかし、その前提を単純に受け入れて良いでしょうか?

たとえば、会社がROEを改善したとき、投資家が「この会社はより稼げる会社になった」と評価すれば、株価が上がりPERも上昇します。逆に、研究開発費を削ってROEを上げたとすれば、「一時的な改善に過ぎない。将来的にはシェアを失うかもしれない」と判断されて、PERがほとんど動かない、あるいは低下することすらあり得ます。

いずれにせよ、ROEが変わればPERも連動して変わりうるのです。

分解式は「現状分析」の道具であって「将来説明」の道具ではない

PBR=ROE×PERという式は、数学的には常に正しい恒等式です。現時点のスナップショットを整理する分析ツールとしては有効です。

しかし、この式を使って将来の動向を語るときには注意が必要です。右辺の2つの数字は、互いに独立した「つまみ」ではありません。片方を動かせば、もう片方も連動して変わる可能性があります。

もし今後の施策としてROE向上を語るなら、「その施策がPERに悪影響を与えないこと」を合わせて説明する必要があります。また、成長投資のような施策は短期的なコスト増を伴うことが多いため、「ROEを落とさずに成長も実現できること」の説明も求められます。

単純な2項分解式で将来を語るのであれば、将来取りうる施策とその影響について丁寧な説明が必要なのです。